セラピストにむけた情報発信



視線行動と身体運動:“Quiet eye”



2008年11月19日

先日,日本スポーツ心理学会(2008年11月14-16日,中京大学)に参加いたしました.招待講演者として,スポーツ競技場面での視線行動の研究者として著名なJoan Vickers博士が招聘されました.彼女は私がカナダで指導を仰いだAftab E Patla氏(昨年逝去)とも共同で研究をしており,個人的にも思い入れの深い研究者の一人です(Patla & Vickers, 1997; 2003).

Vickers氏は,視線が重要な局面おいて空間のある1点に長く停留しているという現象に着目し,10年以上にわたって実に多くのスポーツ競技場面でこの現象が起こることを報告してきました.Vickers氏は,この視線の停留現象に対して“Quiet eye”というユニークな命名をしました.Quiet eyeの現象は,スポーツスキルに限らず,身体運動全般に見られる現象ですので,以下に簡単に概要をお知らせします.

わたしたちの視線は,常に移動と停留を繰り返しています.上肢動作の際も,歩行の際も,スポーツの場面でも同じです,視線は移動・停留を繰り返します.通常,視線がある場所に停留する時間は短く,たとえば歩行中は0.3秒程度しか同じ場所にとどまりません.

ところが障害物を回避する場面や,道を曲がる場面など,歩行の目的(すなわち障害物を安全に避ける,目的地の方向に運動軌道を修正するという目的)を達成するための重要な局面では,視線が通常よりも顕著に長く空間のある地点に停留します.私自身が行った研究でも,狭い隙間を歩いて通り抜ける直前は,それまでは0.3秒以内であった視線の停留時間が, 3倍の約0.9秒となることを確認しています(Higuchi et al 2008).Vickers氏はこのような視線の長い停留をQuiet eyeと呼んでいるのです.

実は運動が十分に習熟していないと,重要な局面における重要な視線の停留時間が非常に短くなります.初めて車いすを利用する人が狭い隙間を通り抜ける場合,通り抜ける瞬間の視線は0.4秒程度しか停留せず,頻繁に移動を繰り返しました(Higuchi et al 2008).スポーツの場面でも,たとえばバスケットのフリースローの場面では,競技レベルの高い人ほど,シュートの直前に構えている最中に,バスケットゴールに視線を停留させている時間が長くなります(Vickers 1996).これらの結果から,運動の習熟とQuiey eyeの間には深い関係があることが伺えます.

視線の問題は,今後リハビリテーションにおいても重要なトピックスになるかもしれないと考え,以前にもこのコーナーでご紹介いたしました.また,ほどなく出版されます「身体運動学−知覚・認知からのメッセージ」でも,視線行動と歩行・上肢動作の関係について紹介しております.合わせてご参照いただければ幸いです.


引用文献

Higuchi T: Perception-action dynamics of locomotion with extension of the body. 日本スポーツ心理学会第35回大会ラウンドテーブルディスカッション,2008

Patla AE & Vickers JN: Where and when do we look as we approach and step over an obstacle in the travel path? Neuroreport 8: 3661-3665, 1997

Patla AE & Vickers JN: How far ahead do we look when required to step on specific locations in the travel path during locomotion? Exp Brain Res 148: 133-138, 2003

Vickers JN: Visual control when aiming at a far target. J Exp Psychol Hum Percept Perform 22: 342-354, 1996


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